地球とテルスの違い。
その最たるものである魔法の有無が及ぼした影響の中でも、歴史を動かす戦争の形態を左右してしまう兵器の相違は大きい。このテルスという異世界を理解する上でキーになる。 そう直感したカイトは疑問点をありのまま口にした。「兵器が未発達。そこだけ聞いちゃえば、この世界はとんでもなく平和なのかも? と思えちゃいます。けど、つい二年前にも戦争があったっていうことは……戦争が兵器じゃなく魔法。兵士じゃなくて魔道士が、戦争での兵力を担っているってことですか?」
カイトの推測を肯定するようにケンゾーはゆっくりと首肯した。
「ああ、その通り。魔法が使える魔道士と、どんなに鍛えようが魔道士ではない一般の兵士。その両者には力の差がありすぎる。兵力に差がありすぎれば、国家の輪郭を担う国防も機能しない。国家が機能していない混沌は大国も望まない。その結果、このテルスでの戦争は、戦場において国家の全権代理人である筆頭魔道士団に属する魔道士による勝負で決着が付けられるってのが基本になってる。その点だけで言えば、きみが言ってた中世に近いのかもしれないね」
ケンゾーが説明したテルスという異世界の大まかな仕組みについては理解できたカイトだったが、全権代理人という聞き慣れない言葉だけが妙に浮いて聞こえた。
「全権代理人、ですか……それじゃあもう軍人というより、戦国時代の武将……いや、もっと前の三国志の将軍か、いっそ考えられるだけ古い古代文明の英雄……みたいな存在に聞こえますけど、俺には」
カイトの挙げた例えを聞いたケンゾーは、一理を認める微苦笑を浮かべながら首肯してみせた。
「きみの感覚はズレてないよ。三国志の将軍なんかは例えとして的を射てると俺も思う。とにかく魔道士の数が少ない点も含めてね。およそ九十万人に一人と言われてる魔道士は、ドラゴンから魔力を賜ったとされる神祖と呼ばれる魔導師の末裔ってことになってる。それが真実かどうかは別として……テルスでの定義は、長い年月で血が薄まりながらも遺伝によって魔力が伝わってるってことになってる。ただ、魔道士の子供が常に魔道士って訳でもなくてね。逆に魔道士が何代もいなかった家系に突然、魔道士が産まれるケースもある」
多くのファンタジー作品に触れてきた免疫のおかげで、ケンゾーがつらつらと述べるファンタジー要素てんこ盛りの見解をすんなりと理解したカイトは、
「隔世遺伝みたいなものですか……いきなり魔道士が産まれちゃった家は大変でしょうね……」
と素直に自分の感想を口にした。
カイトの飲み込みの早さに感心したことをケンゾーは隠さなかった。
「きみが仕組みを理解できないアホでも、厭世家を気取るバカでもないってことが分かって安心したよ」
口角を上げたケンゾーが、にんまりとした笑みをカイトへ向けてから説明を続ける。
「きみの推察は正しい。魔道士の立場は特殊だ。魔道士として生まれると、大抵は四歳で魔道顕現発達と呼ばれる特異な成長が現れるんで魔道士だと分かる。その時点からその子は国家の監理下に置かれる。魔道士団への入団は義務で、拒否できない。無事に成長すれば、その立場は君主や元首の次に来る。貴族より上になる国が多い。そのせいで魔道士に対する敬称としての卿のほうが、公爵に対する閣下よりも上位になるなんて矛盾も出てきたりする。爵位名とか家名じゃなく、名前にそのまま敬称がつくのは魔道士だけ。きみもサイオン公としての閣下より、これからは魔道士としての卿で呼ばれることが多くなるってわけだ。しかも聖魔道士としてね」
ここまでケンゾーの口から説明を聞いたカイトは、いよいよ自分がライトノベルやマンガで定番になった異世界ファンタジーの登場人物になったような気がした。
ふう……と目立たない程度に一度だけ小さく息を吐いたカイトが、「覚悟しておきます。それで、その肝心の魔法って、具体的にはどんな……」
と質問を次に進めようとした時だった。
書斎のドアが小さく等間隔に三回ノックされた。「どうぞ」
ケンゾーがドアに向かって声をかける。
「失礼いたします」
軽やかなのに下品な響きのない声の持ち主は、スムーズに挨拶を済ませながら書斎に入室した。
小柄で十三,四の年の頃に見える、艶やかな亜麻色の髪と琥珀色に輝く瞳を持つ少女は、「おじい様。少しだけ、お邪魔してもよろしいですか?」
と輝く笑顔を浮かべてみせた。
「ああ、構わないよ」
ケンゾーが少女に向ける微笑みはおだやかなものだった。
「ありがとうございます。お兄様に早くお目にかかりたくて……我慢できずに来てしまいました」
自分の容姿と年齢で許される茶目っ気を理解している様子の少女が言うと、柔和な笑みを浮かべたケンゾーが、
「そうかそうか、耳が早いな」
と愉快そうに応じてから、カイトに視線を移した。
「カイト。ダイキの娘だ、きみの妹だよ」
想定できなかった展開に「えっ?」とカイトの素直な驚きが声になって漏れる。
少女はカイトの目をまっすぐに見てから微笑むと、優雅な所作で頭を下げてみせた。「お初にお目にかかります。マヤと申します。お兄様」
もとの世界では実母と再婚相手の娘である異父妹。異世界に来たら今度は異母妹。
二人目の妹が急に現れた事実を、カイトは自分でも呆れるほどあっさりと受け入れた。(まあ、そういうこともあるか……父さんもまだまだ現役ってわけだ。なんか俺は、かわいい妹に恵まれる星の下に生まれたらしい……)
マヤが会話に加わったことで、自然と話題は異世界のレクチャーから歓談に変わった。
十四歳だというマヤは実に聡明で、その言葉遣いや所作はすでに王族然としていた。「お兄様が優しい方で、安心いたしました」
自分の目をまっすぐに見て微笑むマヤは、掛け値なしに可憐な王女様だとカイトは感心した。
ケンゾーが孫であるマヤを可愛がっているのも、その言葉の節々からカイトは感じ取った。その愛らしい顔と小柄な身体でもって、己の不遜を敢えて誇示してみせるアリアを正視しながら近付いたアクーラは、身長差のあるアリアを見下ろす位置まで寄ってから足を止めた。「卿が返り血で興奮するっていう狂乱の魔範士ですかあ」 軽蔑を露わにしたアクーラの第一声に対して、アリアは不遜な笑みを浮かべたままアクーラの胸元に山吹色の刺繍で標されたローマ数字に目をやった。「そうだよ。ボクが戦闘でしか興奮できない変態の南方元帥、アリア・ヴォルペってわけ。メーソンリーの第三席次ってことは、卿が植民地を血で染めた功績で出世した「鬼神」アクーラ卿ってわけだ」 出会い頭の応酬で既に臨界へと達した二人の殺気を間近で受けながらも、立ち会いを務めることとなったシルビアは冷静な態度を崩さなかった。「ラブリュス魔道士団の第六席次を預かる、シルビア・ゲルツと申します。立ち会いを務めます」 シルビアの声に反応したアクーラが、挑発を含んだ笑みから品定めする者の微笑へと表情を変える。「こんな形で顔を合わせることになるとは思いませんでしたねえ、シルビア卿。メーソンリー魔道士団の第三席次、アクーラ・ウォークレットですよお。よろしくお願いしますねえ」「こちらこそ。よろしくお願いいたします」 余裕を保って軽い会釈を返すシルビアに対し、アクーラは品定めする視線のまま応じた。「流石はセナート帝国の内政を掌握するグロリア卿の懐刀と呼ばれる方ですねえ。肝が据わってる。ヘイムダルを操らせたら右に出る者はいないって噂も、どうやら本当みたいですねえ」 探りを入れるアクーラの言葉を、シルビアは当然のように受け流した。「買いかぶりですよ。私はヘイムダルを行使することに特化した魔教士で、情報に携わる中でグロリア卿に目を掛けていただくようになった、というだけのことです」「アタシが最も警戒しなきゃいけない魔道士は、やはりシルビア卿。貴殿のようですねえ。ロキの敵とも、フレイヤの首輪の探し手とも呼ばれるヘイムダルの使い手が、セナート帝国の中枢にいるってのは、どうにも宿命染みてますよねえ」 その言葉に違わず、明らかに警戒をシルビアへと向けているアクーラの態度は、アリアの自尊心を刺激するには充分過ぎるものだった。「始めようか。卿の相手はボク、アリア・ヴォルペだ」「そうでしたねえ。じゃあ、始めましょうかあ。シルビア
「ここに揃ってるメンツだと、席次が一番高いのはシルビア卿だからね。立ち会い、お願いできるかな?」 アリアに立ち会いを頼まれたシルビアは、やれやれといった表情を作ってみせて答えた。「……分かりました。ただし、相手が応じるのなら、ですよ?」「それは大丈夫、応じるよ。間違いなくね」 にたりと笑いながら応じたアリアは、つかつかと軽い足取りで広場の中央にある噴水へ向かって歩を進めた。 アリアとその後に続くシルビアの姿を視認したアクーラが、対峙する同盟側の魔道士の中で真っ先に反応を示した。「なにやら、二人ばっかし、のこのこ出てきましたねえ」「え!?」 アクーラらが待つ同盟側の魔道士たちのもとに戻り、状況が一変したことを報告していたカイトはアクーラの声に驚き「えっ!?」と声を上げながら振り返った。 広場の中央にある噴水に近付いたアリアは、足を止めることも無く遊びに誘う声で同盟側の魔道士に向かって声を掛けた。 「おーい! ラブリュスのアリアだけど、誰か、ボクと模擬戦やんない?」 アリアの場違いな声を聞いたアクーラが、誘いに応じるように首をポキリと鳴らした。「だ、そうですよお。そんじゃ、アタシが行かせてもらいましょうかねえ」「まっ、待ってください! 模擬戦に応じる義理なんてありません」 慌てて止めに入るカイトへ視線を向けたアクーラの表情は、微かな笑みを浮かべていたが瞳には強い光を孕ませていた。「そうはいきませんよお。あっちはうちの大事な魔道士を二人も殺してるんですからねえ。それに、まだ初めての恋も知らなかったっていうアパラージタの魔道士も。ですよね? クラリティ卿」 アクーラに声を向けられたクラリティが静かにうなずく。「はい……わたしにとって、弟のような存在でした……」 瞳を潤ませたクラリティの言葉を受けて、アクーラが決意を示した。「メーソンリーのエースナンバーを背負う者として、仇討ちを為さねばならない身ですからねえ。ここはアタシが行かせてもらいますよお。カイト卿。卿もご存知の通り、魔道士同士による戦場での模擬戦はウァティカヌス法で明文化こそされてなくても、決闘から派生した名誉を懸けるものとして今でも意味を持ってます。筆頭魔道士団に属する魔道士にとって、名誉は非常に重いもんですからねえ。まあ、安心して見ててくださいよお。ああいうガキの鼻っ柱を
魔道士は国防を担う存在として、既存の社会構造を踏まえつつ移りゆく情勢との兼ね合いを探っていくのか、あるいは既存の権力構造を覆し魔道士が権力を掌握することで歴史の舵を取るのか。 今後の世界を二分する対立軸と成り得る二つの陣営で、その主戦力を担うこととなるエース級の魔道士たちが、田舎町の広場という僅かな距離を隔てて対峙している。 否応なく張り詰める空気をまるで気にする様子もなく、軽い足取りでティーダたちのもとへ戻ったダイキは、休日の行き先が決まったことを伝えるかのように撤退の決定を口にした。「そんじゃまあ、予定通りに撤退ってことで。よろしく」 ダイキの口調に対し、半ば呆れたといった表情を浮かべてみせたティーダは、「はいはい……そうと決まれば、こんな暑苦しいとことはさっさとおさらばするとしよう」 と了承を返した。 ティーダへ微苦笑を向けたダイキが、ラブリュス魔道士団の威光を示す漆黒の軍服の胸元を掴んでパタパタと空気を取り込みながら応じる。「そうしよう。この軍服は、この土地には合わんて」 ダイキの様子に不満の表情を浮かべていたアリアが、「やっぱさ……つまんないなあ。ぜんぜん面白くないよ」 と駄々をこねる子供の口調で不平を口にする。 ダイキはすまなそうな表情を作りながらアリアへと視線を向けた。「まあ、愉しむ気満々だったアリア卿にはほんと申し訳ないんだけど、この場の差配は俺に任されているってことで。今回だけは俺の顔を立ててくれないかなあ」 なだめる口調だったダイキとは違い、ティーダがアリアへ向けた口調は諭すものだった。「差配はダイキ卿に任せる。それが陛下の下知だ。それを承知の上で、卿は不服を口にするってのか?」 ティーダの言葉を受け流すように、アリアは視線を斜め上の空中に向けたまま答えた。「うーん……やっぱさあ、つまんないものはつまんないんだよ。アナン親子が対面するってためだけなら、こんな大仰なお膳立てなんて必要ないでしょ。こんな豪華なメンツが揃ってるのにさあ、立派な矛を交えることもなしで、はい、さよなら? そっちのがぜんぜん不自然じゃない?」 アリアの物言いに同調したのはヴァイオレットだった。「あたしも、そう思うな」「だよねえ?」アリアはヴァイオレットを一瞥してからダイキへと視線を向けた。「ダイキ卿。卿の顔は立てて撤退すること自体に
「父さん……いや、ダイキ卿。あなたを父親として呼ぶことに、俺は強い違和感を持ってしまいました。今後は名前で呼ばせてもらいます」 血の繋がった実の親子としての関係を、子供のほうから拒絶するという意思を示したカイトに対してダイキは、「まあ、それも当然だわなあ。おまえの好きにすりゃあいいよ、呼び方なんてな」 と薄ら笑いを浮かべつつ受け入れた。 異世界で十五年ぶりに顔を合わせた実の父親に向かって息子なりの抵抗を思い切ってぶつけてみたカイトにとって、ダイキの反応は失望を通り越して諦観を抱かせるものだった。「大事なことなので、確認しておきますが、ミズガルズ王国に戻る気はもう無いんですね?」「ああ、ないよ。今の自由な生活が気に入ってるんでね」「今は自由、なんですか?」「ミズガルズに比べりゃ断然、な。それに、治癒魔法ってのはひとつの国が独占するもんでもないだろ。ミズガルズにゃオヤジがいる。魔道士としちゃあ引退したかもしれんが治癒魔法の使い手としては現役だ。おまえもミズガルズに縛られる必要なんか無いってことさ」 世間話でもするように持論を語るダイキに対してカイトは、「俺はミズガルズ王国を護る筆頭魔道士団、トワゾンドールの首席魔道士です」 と静かな口調の中に毅然とした拒否を含ませて答えた。「気に入ってるのか? 今の立場を」「自分の今の力を受け入れた上で、俺が選択したこの世界での立場です。気に入る気に入らないの話じゃない」「おまえ、マジメだなあ……」 呆れた表情を浮かべてみせるダイキに対して、カイトは同じ質問を返してみることにした。「ダイキ卿は、今の立場を気に入っているんですか?」 ダイキは「んー、立場ねえ……」と顎を軽く掻いてから質問に答えた。「気に入ってるちゃあ気に入ってるのかもな。まあ、認識しなきゃこの世界でも生きてけないしな、立場ってやつは。セナート帝国には俺の治癒魔法で助かる人が大勢いる。ミズガルズより人口が多いセナートに俺がいるってのは、逆に自然な流れなんじゃねえかなとも思ってる」「自然な流れ、なんて虫のいい話が通ると本気で思ってるんですか? 現実に犠牲が出た戦争によって囚われた、トワゾンドールの元首席魔道士なんですよ、卿は」 即座に反論を口にしたカイトへ向けて、ダイキは軽い首肯を返してみせた。「まあ、その通りなんだけどさ。おまえは
アクーラが発した「ダイキ」の名に反応したカイトは、クラリティの前まで駆け寄ると父親の名前であるかを真っ先に確認した。「その、ダイキというのは、ダイキ・アナンですか?」「はい。聖魔道士であるダイキ・アナン卿です」「そうですか……」 言葉をつまらせたカイトへ寄り添うように、傍らへと歩み寄ったファセルが柔らかな声を掛ける。「カイト卿のお父様ね……魔道士団を構成する魔道士が十二名を超えたときには、通例として空位とされる第十三席次。その第十三席次に、ダイキ卿が就かれた。残酷だけれど、問われているわね。カイト卿の覚悟が」「……ええ、思ったより早かったですが……俺の覚悟が問われる局面ですね」「どうなさいます?」 ファセルの問いかけに対し、カイトは前を見据えたまま答えた。「……戦いましょう。俺は、トワゾンドール魔道士団の首席魔道士として遠征に加わりました。やらなきゃいけないことは、分かってるつもりです」「お父様と矛を交える事態にも、立ち向かう覚悟がお有りなのね?」「……はい。今の俺には、肉親よりも優先しなきゃならない使命があります」「結構。その覚悟が決まっているなら、わたしたちがカイト卿の矛となってさしあげましょう」「ありがとうございます。お願いします」 ファセルに向けて頭を下げたカイトの肩を、アクーラがグッと抱き寄せる。「このアクーラ・ウォークレットも付いてますからねえ。御安心召されよ、ってなもんなんですよお」「はい。ありがとうございます。心強いです」 アクーラの性格に救われた気がしたカイトは、固まっていた表情を微かに緩めて礼を述べた。 カレラはゆっくりとクラリティへ歩み寄ると、敵の主体であるラブリュス魔道士団に籍を置く魔道士たちの所在を訊ねた。「クラリティ卿。我々の敵となる魔道士たちは、今どこに?」「街の中央に位置する、広場に集合しています」「一般の兵は?」「後方支援に当たる一般の兵が小隊規模で帯同していますが、広場にはいません。ヒンドゥスターンの国軍に属する一般の兵が接収されることもなく、ラブリュス魔道士団と第六魔道士団に属するセナート帝国の魔道士だけが広場に集まっています」「そうですか。では、案内願えますか?」「はい。こちらです」 すぐさま首肯を返したクラリティの先導で、カイトら十名の魔道士で構成されたは四ヶ国の混合部隊
カイトら十名の魔道士で編成された遠征部隊を乗せた大型汽船は予定した航程を無事に進み、七日後となる四月十一日の朝に目的地であるベンガラの南東に位置する港湾都市チッタゴンの港に入港した。 セナート帝国側の抵抗を警戒した十名は、チッタゴンの港へ入港するのに合わせて甲板へ集合して哨戒に当たったが、港にはセナート帝国の魔道士はもとより、一般の兵の姿もなかった。「妙ですねえ……チッタゴンはどうでもいいってことですかねえ」 アクーラがぼそりとこぼした感想に、カレラはうなずきを返しながら答えた。「セオリーを無視するのはセナート帝国のお家芸だと聞いてはいたけど、実際に接すると気持ち悪いものね……ベンガラで迎え撃つ算段なのか、あるいは、すでに王都デリイに向けて全勢力で侵攻しているのか……」 ファセルが「どちらにせよ」と前置きを返してから、方針を口にした。「わたしたちの目的地が、ベンガラであることに変わりはないわ。早々に向かうとしましょ」 カイトたちを乗せた汽船は停泊の間を取らずに出航すると、ベンガラへの主要な交通手段として機能する深い河川を北上した。 何事もなく北上を続けた汽船は、昼前にはベンガラの河川港へと入港した。 カイトら十名の魔道士はチッタゴンに到着した際と同様に、甲板へ出て周囲を警戒したが、河川港にもセナート帝国の魔道士や兵の姿はなかった。 奇妙な静けさに対する気味悪さと拍子抜けを同時に感じながら、カイトはベンガラの河川港に降り立った。 河川港には最低限の着港に必要な作業員以外の人影はなく、警鐘だけが鳴り響いていた。「出迎えは警鐘だけですかあ。拍子抜けですねえ」 アクーラが全身を伸ばしながら感想をもらしたタイミングで、アクーラと共にメーソンリー魔道士団から遠征部隊に加わったエランが、前方を見据えながら警戒を促すようにアクーラへ声を掛けた。「その出迎えが、遅れて来たみたい」「おっと……あれえ? 一人ですかあ。というか、あの軍服……」 四ヶ国の筆頭魔道士団から選出された十人の魔道士に向かって、まっすぐに歩を進めるのはアパラージタ魔道士団の軍服を着たクラリティだった。 一人きりで四つの色が混合する十名の魔道士へ近付くクラリティの顔には、緊張の色がありありと表れていた。 アクーラはこちらに向かってくるクラリティを迎えるように、軽い足取りで歩み寄